瓶割坂 八百津町 2023年12月26日(火) 五万図「美濃加茂」 | |
『新撰美濃志』には「瓶破坂は久田見村のほうへゆく道なり。甚だ険峻なる故かく名づけしとぞ。猫岩は瓶破坂の前の峰にあり。孤松岩を抱きてたてるが見事なり。」とある。 また、古い地形図には八百津(細目)の北端から久田見の峠に里道(聯路)が描かれ、名称は亀割坂となっている。 それを地理院地図に合わせると下図の水色の線と思われる。それで、今回は下図の赤色破線のルートを予定し、タイトルは『三等三角点大仙寺』と決めていた。所が・・・・・ (注:「ワリ」の字は地形図に従った。) |
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《時間》 P 09:40 ↓ 8番鉄塔 10:10 ↓ 県道出合 10:55 ↓ (休憩 10分) ↓ 8番鉄塔周辺 11:25 ↓ P 11:55 |
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《八百津町八百津の県道83号線》 駐車予定場所でトリップメーターを”0”にして巡視路と各林道の入口を確認する。峠(字名)で引き返したが八百津/久田見の峠は1階から階段を2階へ上がった感じ。久田見側は全く平。 |
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久田見側から見る八百津/久田見の峠 (峠稲荷以北は平坦) |
峠稲荷 |
《8番鉄塔までの瓶割坂》 細目木野の奥の県道の広い路肩に車を置いた。墓地に下りる道の山側には踏み跡があった。林道の入口も確認したし、安心して周回できると勇んで出発した。 木野から坂を登ると常夜灯があり、最奥の民家の前をソーッと通って沢を渡り瓶割坂に入った。 |
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木野の常夜灯 | 瓶割坂入口 |
道は沢沿いと思っていたのに、尾根を巻いて登って行く。流石に聯路、一間道だ。しばらく行くと尾根の上に赤い鳥居が見え、斜面には石像と馬頭観音。ヤッパ幹線道路は趣きがある。 |
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一間道 | 石像 |
馬頭観音 | 上画像の石像(役行者?) |
そして、石段の上に鳥居が見え、お稲荷さんに入山の許しを請うた。 |
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鳥居 | 稲荷神社(昔は大きい拝殿があったようだ) |
倒木ならぬ倒竹を跨ぎ、9番の巡視路を分け、進むと8番への階段。取り敢えず鉄塔を見て、道に戻ったがここから先はヤブ。 道を擁護する為の石積みがあるが過去最上最悪のヤブ。70m程頑張ると石積みが何段もあり、田んぼの跡のヤブだった。ジャ〜道は何所? |
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関電丸山幹線8番鉄塔はサビサビ | ヤブを抜けた |
登り方向の踏み跡は薄いので、下って行くと巡視路の標示板があり、県道が見えたので引き返した。巡視路を8番の方へ進むと当然、元のヤブの前。 《沢沿いを登り、県道出合》 巡視路を引き返し、棚田跡横の踏み跡を登る。最上段の田んぼ跡を過ぎると踏み跡は無くなり、谷は分岐した。右か左か。何となく左に入った。(これが大正解。もし右に進んだら詰んでいた。) 沢沿いを登ると右手に県道のガードレールが見える。更に進むと林道に出合った。 |
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立ち木の向こうに県道が見える | 林道出合 |
右手は県道が見えるので左折する。所がドンドン下って行く? 地形図を見ると電波塔のある林道はほぼトラバース道。と云う事は、この道は亀割坂か。確認の為に県道に上がると電波塔が見える所に車止めのチェーンがある。下段の瓶割坂の続きは県道の対面に続いていた。 (県道からこの道跡は絶対に見付けられないので左俣に入って正解だった。) |
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林道入口と広場(瓶割坂は左下) | 県道東側の亀割坂 |
《県道出合から瓶割坂を下る》 周回は諦めた。この広い瓶割坂を何所で間違ったか。何所に出るのか。ワクワクしながらつづら折れを下って行くと電電公社の木柱の残骸が。プレートには「S41」とあり、昭和41年そんなバカな。 |
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県道直下はゴミだらけ | 電電公社の木柱の残骸 |
つづら折れを曲がると突然ヤブで行き止まり。10m程のヤブを抜けるとササが刈られた道に出た。正面に8番鉄塔が見え、これを下ると鉄塔に下りた。 また引き返し、ヤブの中に道跡を探すが何所にもない。どうなっているんだ。8番鉄塔の上下5mH位の間に道跡はない。鉄塔建設で壊された感じはしないし、ナゼだ。 8番鉄塔から瓶割坂を下り、車に戻った。 《後記》 「瓶割坂」は県道83号の交点辺りまでの名称と思われる。標高430mより上は旧道と県道はほぼ同じルートのようだ。 電電柱の「S41」は、細目村木野の奥で分岐した電信線が久田見村清水谷(S)へ向かう41番目の電柱と理解すると丁度いい位置になりそうだ。 今日一番のナゾ、8番鉄塔付近で道跡が消えたのは。考えてみれば簡単なことだった。誰かが赤道を買取り、田んぼにしたと云うことだ。 次回は、県道から上の瓶割坂の続きに入り、想像できる範囲で旧道部分を探してみよう。猫岩が見つかるかもしれない。 |
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