船山上内谷/明ケ島阿木の峠 2022年3月28日(月) 5万図「金山」 これまで船山谷川と小那比川の分水尾根の峠道を見てきて、残す最後の峠道を見に行こう。 その前に小那比川を北上して市境を越えて、明ケ島戸穴から船山杉山に抜ける峠道の入口を見に行った。戸穴の集落は各家の墓所が点在していて、一般的な墓地の風習はないようだ。 |
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戸穴集落の航空写真 | 戸穴林道入口 |
《時間》 P 10:00 ↓ 峠付近を行ったり来たり 10:35〜11:00 ↓ P 11:25 |
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《行き》 林道の広い路肩に車を置き、少し戻って愛岐幹線12/13の標示板から入山した。谷川を渡り、分岐した沢の左岸を行き、沢を渡り、右岸の斜面に階段は続いているが家の階段よりも急だ。 |
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巡視路 | 巡視路 |
尾根に乗ってすぐに12番鉄塔。鉄塔横の斜面にはタムシバか、チョット早い。城山が頭だけを見せていた。 |
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タムシバ | 城山 |
11番への巡視路が下方に分岐すると尾根はまさかのヤブ。尾根芯は歩けず、南側の薄いヤブを進んだ。どうにか踏み跡が出てくると尾根の分岐。左折してすぐに峠になった。 《峠付近》 薄い道の跡があるが、待望の石仏はなかった。念の為に先に進み、次の鞍部までいったが何もなかった。峠に戻り上内谷側を下る。短いピッチのジグザグ道は20mH程で終わった。更に下っても道跡はなく、このまま里まで下っても意味がないので引き返した。 《戻り》 阿木側へ下ると10mH程でジグザグの道はなくなった。植林の中を下ると棚田の跡になったが、ミツマタが群生していてほぼ隙間がない。どうにか田んぼの縁を歩き作業道に出て、林道を戻った。 ミツマタはまだツボミだった。 |
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ミツマタの群生 | 棚田跡のミツマタ |
《この峠道》 ジグザグの間隔の短さ、傾斜のきつさから見ても馬が通ったとは思えない。早い時期に誰も通わなくなったのだろう。 《寺会津へ》 時間も早いので林道を寺会津に向い、峠のお地蔵さまを見て、道標の所から峠まで歩こうと思った。峠のお地蔵さまの銘は「元文二(1737)丁巳十二月八日・舟山邑上下寺谷〇」 道標まで下り、峠道を見ると棚田の畔で、しかも間伐木で埋まっている。一気に気力がなくなり帰路についた。 船山に来ることはもう二度とないと思いながら林道を下るとシカが3匹いた。 |
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林道のお地蔵さま | 峠道の入口 |
早くロシアに帰れ |
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(ツグミ、3/27、多治見自宅にて) | |
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