郡界尾根散歩(上之保船山杉山・寺会津辺り) 2022年3月21日(月) 五万図「金山」 三角点船山の『点の記』に「上之保村字船山明光寺向ヒヨリ西和良村小那比ニ通スル小路ヲ進ムコト約半里ニシテ峠ニ達ス同所ヨリ右折山路ヲ進ムコト約五町ニシテ本点ニ達ス行路急峻ナラズ」とあり、大正元年発行の五万図「金山」にもにも船山杉山〜明ケ島戸穴に破線が描かれている。 ならば、この峠にもお地蔵さんが有るはず、見に行こう。ただ峠道の林道は入りにくく、また杉山地内に駐車できる場所もないので、寺会津から阿木の抜ける林道から入山することにした。 |
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《時間》 P 09:45 ↓ 三角点船山 10:10 ↓ 石仏 10:40 ↓ 39番鉄塔 10:50 ↓ 北の石仏 11:40〜11:50 ↓ 三角点船山 12:50 ↓ P 13:15 |
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《三角点船山まで》 寺会津から林道に入り、路肩の広い所に車を置いた。最初は下山に使った尾根を登ろうと思っていた。でもGoogleマップで見ると、駐車地点から北北東の尾根の東側が皆伐されているように見えるので、この尾根にした。 いきなりヤブから始まった。すぐ先で谷の分岐があり、その間の尾根を登る。伐採された痕跡はなく、タダタダヤブ。地形図で見るより傾斜はきつく、おまけに岩尾根。ようやく境界尾根に乗ったがすでにバテバテ。右折してすぐに三等三角点船山に出合った。 |
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取り付き | 三等三角点船山 |
《A地点の道迷い》 三角点船山から下り、コブを越えると次の鞍部が峠の筈。平坦になったが峠に見えない。??、方位を確認すると全く違っていて、50mHを登り返しコブに戻った。次に目視で尾根を見付け、これを下ったが又方位が違う。20mH程登り返した。 |
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1度目に間違った尾根と2度目に間違った尾根の間に尾根を探すと、主張の弱い尾根があった。 下調べの時、このA地点は全く問題にしなかったが、とんだ落とし穴にハマってしまった。 |
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《船山村杉山/明ケ島村戸穴の峠と鉄塔》 郡界尾根を下るとカーブの所にお地蔵さまが居られた。銘は「三界万霊十方至聖・正徳二(1712)壬辰初秋念四月舟山村下神中」とあり、この辺りでは一番古そうだ。道跡は両側共に明確に残っていた。 尾根を北上すると馬瀬北部線40/39の標示板があり、すぐに39番鉄塔に着いた。 |
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峠のお地蔵さま | 馬瀬北部線39番 |
《船山村杉山/小那比村作道・前会津の峠へ》 更に北上し尾根が西に向きを変えるコブの手前で巻き道に入ったが途中でなくなり急な斜面を登る羽目になった。次のコブも同じ過ちを繰り返した。 峠手前の最後のコブ(B地点)の筈だが尾根がない。ここまでに市境の杭は無かったが踏み跡はあった。仕方なくコンパスをセットして下るとようやく鞍部が見えた。 《峠にて》 |
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11日ぶりに再会した享保十年の石仏に手を合わせた。思えばこの峠前後のコブの間には全く踏み跡がないことになる。 ここまで2時間。道に迷った時間を引いて計算しても全行程は3.5時間くらいになり、ほぼ余力はなくなった。 |
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北のお地蔵さま | |
《戻り》 時間を取り戻そうと速足になり、気がせくのでまた巻き道に入り、道がなくなり急斜面を登る羽目になる。三角点船山からは登りに予定していた尾根を下った。ここは地籍調査の杭があり、アメの袋も落ちていて人の気配がある。 標高点387の尾根の分岐点に「上之保村有林境界」のコンクリート杭があり、更に下ると林道が見え、愛車も見えた。最後は田んぼの跡に出て、沢を渡り林道に出合った。 林道を登るとカーブの所に道標があった。 |
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田んぼの跡 | 道標 |
《道標について》 この道標は右地図(平成15年発行)の位置になる。「左やま」は読めるが、右側の崩し文字は「右め○○道」としか読めない。でも、明ケ島阿木に抜ける道だと分かる。 それで寺会津から阿木に抜ける林道をストリートビューで見てみると峠の位置に石仏があった。 南は女夫山の北の峠から北は杉山/河内の峠まで、船山谷川と小那比川水系の峠道には五体のお地蔵さまが居られることになる。 右地図の上谷内/阿木の峠に六体目があるかどうか、その内に探しに行こう。 |
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《杉山地内駐車可能場所》 右画像の消火栓は寺会津のT字路から西100mにある。路肩が広くなった13mの間ならば駐禁にならないみたい。 利用価値はありそう。ただ車を置く度胸があるかどうかは別問題。 |
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《追記》 歩行時間・距離が限界を越えたようだ。両足の内側広筋が帰りの車中から翌日まで繰り返しつった。 これで馬越峠から三角点船山までの郡界尾根がつながった。 |
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美濃一人>山名録2022>三等三角点船山 |