白川口から見る熊の島
熊の島(点名、『七宗御留山境界絵図』 七宗高山の内
708.4m 白川町 2012年11月8日(木) 地形図「金山」>「七宗高山詳細図」
【登り】 駐車地点 09:20 ↓ 谷分岐 09:50 ↓ 国有林界出合 10:40 ↓ 熊の島 11:15 【下り】 熊の島周辺 11:30〜11:50 ↓ 駐車地点 13:25 |
《寒八峠道について》
『七宗町史・史料編』の「七宗巡山日数多少積」の「勘八御登山笹ヶたわ、ふった、野口小屋御休、柿ヶ野御泊」と記載があるが、寒八(現在の表記)から御留山に登るコースが分からなかった。
所が、s-ngmさんが先週の1日にそれらしいコースを歩かれ、これはどうしても見てみたいと、早速出かけた。
気分はもう大田代官所の下役人。
《寒八集落にて》
寒八南の国道41号の路肩に車を置いたが、行通量多くて落ち着かない。高山本線の下をくぐり、最奥の民家の庭先でUターン、集会所に車を置こうと思ったが、入口が少々狭い。国道に戻り北に駐車スペースを探したが500m先、仕方なく集落の最奥に戻った。
奥から2軒目のおばあさんに「車を置かせて」と言うと、「そこの人に言って」と言われた。その方は最奥の民家のおばあさん。3人で立ち話すること15分くらい、ようやく開放され足支度。
《大畠川沿いの道》
寒八の入口近くの集会所に向かう。その手前のお墓は7基、寒八の戸数は国道に沿って6・7軒、上段に4軒の合わせて10軒くらいだ。
大畠川右岸から左岸に渡る。右岸は岩壁で道は谷から離れるが、道が河床と接すると谷が2分岐する。
尾根は特定できたが間伐木で進めない。左俣から中間の沢、右俣に戻った。この付近を登り、左へトラバースしてどうにか尾根に乗れた。
寒八集会場 | 峠道 | 谷の分岐 |
《支尾根から国有林界を通り熊の島》
尾根上にはピンクのテープ(山仕事用)が続いている。そして左へトラバースして、1つ小さな尾根を越して国有林界に到着した。国有林界は意外にアップダウンがあり、1ヶ所で展望が開けた。
植林の中を行き、国有林界が左折する尾根を右折、すぐに三角点「熊の島」があった。
尾根道 | 国有林界 | 熊の島 |
《山頂丘にて》
食事も早々に山頂丘の東で尾根道を探す。植林と天然林の境を行くと50mHくらい下でピンクのテープが右のヤブの中を下っている。これが寒八まで続く尾根か???
とてもアナログの僕は入る気にはならなかった。
《下山》
往路を下る。国有林界650mHくらいで東の谷に向かってピンクのテープが下っていて、谷底の立ち木にもピンクのテープが見える。穏やかな谷相で左岸に道らしい段も見える。
尾根道は傾斜が緩くなると潅木が伐られ、そして間伐が始まる。これを避けて右の谷に逃げて左岸から谷芯を通り、道に出合った。
白川町側の天然林 | 記念の紙テープ | 尾根道のベンチ |
《寒八にて》
集会所の裏からえん堤を渡り、山頂から続く尾根の先端を見に行った。畑から広葉樹林になり・・・、道がありそうな雰囲気がある。
車に戻ると、奥から2軒目のおばあさんが出てこられ、「どうだった」と興味しんしん。そこに最奥の民家のおばあさんが軽トラに送ってもらい買い物から帰宅、話しに加わられた。そこに奥から3軒目のおじいさんが帰宅され、お話しを聞けた。
この方はかなり七宗山を歩かれているようだ。熊の島に登る尾根道はないと言われる。また大畠川の奥で、国有林界に平行する谷はオオボラと言い、道が残っていると言われる。ならば谷の分岐を右にとれば、あのピンクのテープのある谷オオボラを歩けたのか。
2軒目のおばあさんは僕の地図をコピーさせてと言われ、「私でも行けるかな」と興味があるようだ。そして原紙を返されたが、コピーでは谷筋と尾根のマーカーが見えないので「そっちと変えて」と・・・、もちろんお渡しした。
その方が梅の蜂蜜漬けとチョコレートを下さった。酒井先生の著書には山でシイタケを貰ったとかイロイロ出て来るが、里山に通って25年、「おい一杯飲んでケ」とかコーヒーを頂いたことはあるが、お土産を貰ったのは初めてだ。
お土産 |
《記録更新》
旧「美濃一人」からを合わせて、大田代官所の役人の巡山コース、寒八〜笹ヶタワ〜フッタ〜(野口小屋)〜柿ヶ野(大柿)までを歩けた。野口小屋が橋谷左岸ならば残念ながら歩かずに車で移動しているし、またかなりの部分は林道歩きになっている。
でも、江戸時代の道がすべて残っている訳がないので仕方ない事としよう。