七宗山


七宗山
(寒八峠・笹ヶタワ・フッタ) 2012年4月12日 七宗町 地形図「金山」>「七宗高山詳細地図

但し、今回の「笹ヶタワ」は森林管理局の地図で示される峰で、七宗権現のある標高点740mではない。


【時間】

ゲート 10:10
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寒八林道出合 10:40
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笹ヶタワ 10:55
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榧の木林道・菅田大柿林道
出合 11:55〜12:10
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フッタ周辺 12:45〜13:10
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ゲート 14:00

《今回の目的》

『七宗町史・史料編』の「七宗巡山日数多少積」の「勘八御登山笹ヶたわ、ふった、野口小屋御休、柿ヶ野御泊」の巡視経路を現在の林道を使って歩いてみる。

まずは森林管理局の地図にある笹ヶタワを見に行く。次に寒八峠から寒八(現在の地名表記)へ下る道が残っているかを調べる。そして、「フッタ」とはどんな所か、何かあるのかを見に行く。


《ゲートから笹ヶタワ》

菅田大柿林道のゲート前に車を置く。最近、町田市の方の影響で宮標石が気になる。それでゲート横の標石を確認すると西面には「上麻生村」、東面には「坂の東村」、南面には「界506」と彫られていた。

ゲート横の標石 笹ヶタワ
ゲート横の標石 笹ヶタワ

国有林界を行くと寒八林道を横切り、42番鉄塔に着く。笹ヶタワ林道の終点に下りると目の前の小山が笹ヶタワ。ヤブを分けて登ってみたが何も無かった。

《寒八峠》

寒八峠付近になると、とにかく尾根の東側3mくらい下を歩いた。ズルズル滑るだけで、踏み跡は山仕事のものばかり、目ぼしいものはなにもない。

最低鞍部から少し先でこれは、と思える道があった。トラバースし尾根に乗ったが地形図を見ると谷で終わっている。実際に進んで見ると、とてもこの急傾斜地に峠道があったとは思えず、引き返した。

ただ、この尾根の南側の谷は植林界のようなので下れるかもしれない。しかし、峠道ではないだろう。お役人の一歩目の足跡は探せなかった。

《フッタ》

榧ノ木林道(南)を南下し、菅田大柿林道との交差点でお昼にした。

菅田大柿林道から福田林道に入ると、「もうすぐフッタでごぜーぇますだ」と『水戸黄門』の台詞のような声が聞こえた。大田代官所の地役人役の僕は「おおそうか」と尊大に答えた。

林道終点から小道を行き、橋谷の滝の落ち口を見に行く。水量は少ないが、ここから始まる大タルを思うと寒気がした。ここには国有林界がある。
土塚の14番「ハシ谷タキ上」はここにあったのだろう。(2012/11/11訂正)

左が福田林道、直進はオク高屋への道 橋谷の滝の落ち口
左が福田林道、直進はオク高屋への道 橋谷の滝の落ち口

「フッタ」と思われる辺りに入った。平地が50m巾くらいで続き、奥に行くと石段がある。1・2・3段。結構広い平地に、頑丈そうな石積み。そして、その西側にも石積みがある。また北の谷沿いにも石積みがあった。

1段目 2段目
1段目 2段目
3段目 石積み
3段目 石積み


《ゲートへ》


ここまで来て「七宗大権現(橋谷権現)」さまにご挨拶に行かないのは失礼とは思うが、もう一つ見に行きたいところがあるので参道の入口で、ご挨拶だけをさせてもらった。

そしてテッコラテッコラ林道を歩き、車に戻った。


《感想》

結局、点のみで線でつなげることはできなかった。

寒八から寒八峠を越え、笹ヶタワの東をかすめ、721mPの南の尾根を下りフッタに至る。さて、フッタから橋谷の左岸を行くか、右岸を行くか。野口小屋は何所にあったのか。

橋谷権現の参道はフッタを通過していたのか。柿ヶ野から白川口(現在の地名)に抜ける道があったのだから、橋谷権現の参道はそれから分岐していたのか???

拙者なら、フッタから南の標高点607m付近で尾根に乗り、オク高ヤを西から巻いて、尾根を下り、橋谷を渡って、柿ヶ野の多々羅さん(七宗山の山守)の家で一晩お世話になろう。



美濃一人山名録2012七宗山