水戸野散歩

白川町水戸野散歩 2020年4月5日(日) 地形図「金山」

古い地形図には水戸野から大山白山神社への参道が描かれている。(下地図の黒の実線)
しかし、標高差で630m、距離で2km強なので道があっても登り2時間は掛かり、ましてまともな道は期待できない。となれば登り3時間くらいで絶対に無理、足がもたない。

ある日、ストリートビューを見ていると参道の東隣の尾根を美濃東部農道が横切る所に階段を見付けた。

これは面白そう。大山白山神社には届かないが行ける所まで行ってみよう。
ストリートビュー画像
水戸野周辺地図《時間》

P 09:40
  ↓
標高点553m南で尾根を離れる 10:20
  ↓
引返す 10:45
  ↓
下のトラバース道に入る 11:30
  ↓
引返す 11:45
  ↓
水戸野観音堂 12:25
  ↓
P 12:30


注:地形図の赤の破線は正確ではない。

《県道62から美濃東部農道》

水戸野公民館の少し先の、これもストリートビューで見た石碑を確認すると「水戸野十一面観音堂登口」となっている。と云うことは、ここから登り美濃東部農道を渡って、階段を登った先に観音堂があるのだと思った。

水戸野集落の東の端から美濃東部農道に入り、みどの観音橋から水戸野上谷を覗くと結構厳しいそうな感じ。参道がある尾根は急峻に見える。少し戻って空き地に車を置いた。

観音堂登り口 旧参道のある尾根
観音堂登り口 旧参道のある尾根

《山中》

木製の急な階段を登る。多少平坦になると道沿いの植林が伐ってある。道は掘れ道で形は完全に残っているが通行不能の個所が多く、ほとんど土手の部分を歩いて行く。

階段 掘れ道
階段 掘れ道

標高点553mの登りで道は尾根をはずれて右山になった。登り直して、辺りを探すが道は間違いなくこのトラバース道しかなかった。尾根道が無くなれば大山白山への一縷の望みは絶たれた。

今日は散歩。迷わずにこのトラバース道を進むと炭焼きの跡があり、その先は踏み跡になった。2つ目の沢の手前で踏み跡も消えた。その向こうの尾根はいい感じの尾根だったが、ここで引き返した。

所が、沢を渡った位置が分からず薄い踏み跡に出会えない。右往左往して炭焼きの跡が見えた時はほっとした。沢の前後には目印が必要だ。

炭焼き跡 白川の湾曲部
炭焼き跡 白川の湾曲部、柳島の辺り

下って行き、時間が早いので登りで見つけたトラバース道に入った。すぐにまた炭焼き跡があり、その先は踏み跡程度になり、澗水の音が聞こえると道はなくなった。谷底まで15mくらいか。ここで引き返す。

炭焼きの跡 引返し地点の谷
炭焼きの跡 引返し地点の谷

美濃東部農道の法面の上部からは「水戸野のシダレザクラ」が見え、地元の方が車の誘導をされている。

そう言えばどこにも観音堂がなかった。その時はたと気が付いた。観音堂は県道を農道の間にあるんだ。
水戸野遠景

美濃東部農道を横切り、しし除けフェンスを通り、下って行くと観音堂はあった。十一面観音像は厨子に安置されていて見ることはできない。
説明書きによれば廃仏毀釈の折に大山白山神社から下ろされたとある。
(注:十一面観音は白山権現の本地)

観音堂 庚申石像
観音堂 庚申石像

県道沿いには車を置く場所がなかったから、農道から行くことが出来て正解だった。


《後記》

里山の山道(大抵は芝草・薪刈りの道)は炭焼き跡で終わが、ここも同じだった。
旧参道は昭和30年くらいまで使っていたとすると65年しか経っていない。大丈夫じゃないかな。何時か、水戸野からと大山白山神社からと半分ずつ歩いてみよう。

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