シャレ山

ベニ岩峠〜カラス倉峠間の古道探し 七宗町 2016年11月5日(土) 地形図「金山」

飯高からカヨウ洞をつめて七宗御留山太郎治小屋に通じる古道探し。残念ながら道らしいものは確認できなかった。
10月30日の太郎治小屋の続き。

コース地図

【時間】

細尾谷林道終点9:05−ベニ岩峠9:15−(峠北西側を探す)−ベニ岩峠9:35

−谷で引返す10:15−支尾根から再度東進10:40−尾根出合11:00

−(鞍部周辺)−シャレ山11:15−(お昼)

(下山) 

山頂の展望地11:40−西へ下り引き返す12:00−山頂の展望地12:10

−(南へ下り引返す)−山頂の展望地−(往路を下る)−林道終点13:10


《細尾谷林道》

普段、林道は歩くことにしているが、今日は時間が読めないので乗り入れた。すぐにデッカイ4駆と遭遇、ギリギリですれ違う。少し先で車が4台停まっている。帰りを心配して「工事ですか」と聞くと、間伐作業で通行は出来るとのこと。

こんなに酷い道だったか、どうにかこうにか終点に着いた。


2009年のルート図《ベニ岩峠周辺》

右の地図は2009年5月10日に登った時のルート地図だが、ベニ岩峠から北西向きに2本道があるように描いてある。

所が、上の矢印に相当する道がない。らしい所を探すが沢を渡り、岩の下を通るが何もない。更に進み深い谷の上に出たが対岸に道らしいものは見えない。

植林と自然林の境は道のように見えるが、振り返ると峠は見上げる位置にあった。植林の境を戻ると上から2番目の矢印の道に戻った。

(カヨウ谷への道はほぼ西向きの道、南向きの道は細尾谷左岸の道。)

《東の道を登る》

2011年2月に登ったルートもはっきりしないが、とにかく道をすすんだ。ゴロゴロの斜面になり、この辺りから直登したかも。道は続いていてピンクの蛍光色のテープが疎らに付いている。そして、炭焼きの跡があり、ここまでかと思ったがまだまだ。

ついに道はなくなりピンクのテープに導かれ谷に下った。チェーンソーの音が聞こえ、尾根を越えてないので細尾谷側にいることは間違いないようだ。心細くなり、明るい位置まで引き返した。

考える考える。と、ウエストポーチに入れたいたペットボトルない、落としたか。紙テープを現在位置に付け東進。谷に下った所から直登するとピンクのテープがあった。

尾根に乗り、休憩しようとリックを開くとペットボトルは入っていた。ここは鞍部ではないようなので東進する。鞍部で北と南を探すが道の跡は見付からなかった。
そして、3度目のシャレ山山頂。

炭焼き跡 尾根直下
炭焼き跡 尾根直下

1回目:2009/5/10(ベニ岩峠から岩尾根を越えて)
2回目:2011/2/20(細尾谷右岸尾根から左岸尾根を周回)
(両ページとも『旧美濃一人』で画面の構成が崩れています。)

《山頂にて》

考える。以前来た時(上記の地図作成の時)の道は尾根を越してたのではないか。休憩後、岩の北を迂回して西尾根に乗ったがまた岩。心細くなり引き返した。(以前ほど根性がない。)

パノラマ写真1

上:飛騨川、納古山  下:室兼高屋、イバラダワ、麻生高屋
(方位180°〜50°くらい)

パノラマ写真2

上2枚のパノラマ写真は、山頂西の岩尾根のテラスから撮影した5枚を使い、WindowsLiveフォトギャラリーで作成した。でも2枚目と3枚目がつながらない。前景の木が処理できないようだ。
アークソフトはこういう時、微調整が出来たのだが。


《下山》

2回目の記憶がはっきりしないが、岩場から南へ下った。所が以前の白いテープはなくなっていてイマイチ自信が持てず引き返した。山頂を通過して鞍部手前から往路の斜面を下る。ゴロゴロの斜面を下ると谷にいた。

しまった、間違った。でも、ベニ岩峠道の東、林道終点の西にいることは間違いないので下降。ベニ岩峠のだいぶ下に出たので峠に戻る気力はなく、車に戻った。


《心残り》

峠から北西に入り、沢を越えた岩の上を見なかった。どうもあの時点で峠の位置よりも低いところにいたような気がする。また、上記地図の支尾根の平な所(赤丸の場所)を確認していれば、「道はなかった」と自信を持って言えるのだが、残念だ。

飯高と太郎治小屋をつなぐ「一向大道ニて人馬通光致候へハ・・・」と書かれた道は見付からなかった。石作谷と勝谷の最低鞍部からの道は何所に抜けているのか。土塚九番カラス倉峠は何所から入っても遠くて再度という気にならない。

これにて終了。
否、シャレ山東の鞍部に上がり、尾根筋を行けば594mP南の峠まで1時間30分から2時間くらい。
そこからあの道を行けば・・・・・。
途中で消えるだろう。

美濃一人山名録2016>シャレ山