山県市柿野から望む相戸岳 | |
相戸岳 671.7m 山県市(旧美山町) 2012年2月24日 地形図「美濃」 【登り】 P9:30−山頂10:45 【下り】 山頂11:30−P12:30 《河村名古屋市長の発言に思う事》 政治家としての配慮に欠けるとは言え、彼の発言は至極正当なものである。 南京城の攻略には7個師団約10万の兵員が参戦している。南京事件の犠牲者が30万人であれば、日本兵一人が3人の中国人を殺したことになる。 補給路が脆弱な日本軍が銃弾を使うとは考えられない。なら銃剣で刺殺したと言うのか。 私の父は第十六師団野砲兵第二十二連隊の伍長として自昭和十二年十二月二日至十四日南京城攻略戦に参加。十二月十五日南京入城、昭和十三年一月二十一日北支転戦ノタメ南京出発までの間、確かに略奪や暴行を見たと言っていた。あるいは、実行したかも知れない。 戦争そのものが非人道的なものであり、敵愾心と復讐心を煽ることにより、平常では考えられないような激昂した異常心理が働くということ、つまり本質的には、戦争そのもののもたらす罪悪である。(田中正明『日本無罪論』より) 戦時下における残虐行為は何も日本軍だけではない。大岡昇平『俘虜記』の中にアメリカ兵が投降した日本兵を射殺する描写があったと記憶しているし、最近では米兵によるタリバン兵士の遺体に対する冒涜など枚挙に暇がない。 偶発的に略奪・暴行・殺人があったことは間違いないだろう。しかし、殺されたものが30万人というのは「白髪三千丈」的な誇張表現だ。まして、軍命で行われたなどということは信じることは出来ない。 日本国は、マヤカシの極東国際軍事裁判でのA級戦犯の絞首刑、またB・C級戦犯の現地での凄惨な処刑をもって罪(罪があるとして)を償っている。 サンフランシスコ講和条約では、アメリカ合衆国が犯した「人道に対する罪」をも不問にした日本国、その日本国に対し何をもって抗議するのか。 父の戦争体験を聞きて 南京の城を廻らす堀深し 骸を投げ入れ砲車を通す 《登り》 西コース 神社の前に駐車して集落内の道を行くと別荘が見られる。谷が2俣になり左俣右岸から支尾根に上がる。この尾根の岩場には巧みに道がつけてあり、急な階段を登れば北尾根に乗る。この尾根には踏み跡があるが、以前この尾根の踏破記録を見たような気がする。右折するとすぐに山頂に到着。 |
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北尾根 | 階段 |
《山頂にて》 それにしても雪は全くない。まだ2月下旬なのにこんなものなのか。何時かは行きたい北山からアナノコの稜線にも雪は見えない。 眼下には大黒山の反射板が望まれ、その後ろにはソボ洞・コカシ洞が見える。その向こうの小津の山々は少しかすんでいる。 |
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アナノコ | 大黒山とソボ洞・コカシ洞(奥から2ツ目の尾根) |
久しぶりに20万図で山名同定を楽しんだ。 《下山》 東コース 何時の間にか右手の高い位置に尾根が見え、白山神社と教龍寺の間に下りる尾根の分岐を通り過ぎたと知った。すぐに民家の屋根が見え最奥の民家の庭先を通って車道に出て駐車場に戻った。 |
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